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なぜ日本は今もハンコを押すのか|金印から太政官布告、令和の脱ハンコまで、印鑑2000年の歴史

変更登記の申請書には、法務局に届け出た会社の実印(代表者印)を押します。 契約書に、銀行の窓口で、役所の書類で——日本人は当たり前のようにハンコを押してきました。 しかし世界を見渡すと、個人が役所に印鑑を登録して本人証明に使う国・地域は、 いまや日本と台湾くらいしか残っていません。なぜ日本は今もハンコを押すのか。 その答えを探して、6000年以上前のメソポタミアから、志賀島で見つかった金印、 明治の太政官布告、そしてコロナ禍の「脱ハンコ」まで、印鑑の歴史をたどります。

印章はハンコ以前——メソポタミアの発明と中国の官印

まず意外に思われるかもしれませんが、印章そのものは日本の発明ではありません。 印章の起源は紀元前7000年ごろのメソポタミアに遡るとされ、 そこから西はエジプトへ、東はインダス文明・黄河文明へと伝わっていったと解説されています。 文字より先に「これは自分のものだ」と示す道具が必要だった、ということかもしれません。

東アジアで印章を制度に仕立てたのは中国です。秦の始皇帝は、 度量衡や文字の統一とあわせて官印の制度を定めたとされます。 現在の日本で実印の書体としてよく使われる篆書体(てんしょたい)は、 この時代に成立したものです。いま手元にある会社実印の、あの読みにくい渦巻きのような文字は、 2200年前の中国に由来しています。

その後の中国では朱肉(印肉)が発明され、押印の利便性が上がったことで印章文化はさらに発展しました。 ——ところが面白いことに、この「本場」であるはずの現代中国には、 日本のような個人向けの印鑑登録制度は存在しません。この逆転については後ほど触れます。

金印「漢委奴国王」——日本最古の印章は「もらいもの」だった

日本に現存する最古の印章は、教科書でおなじみの金印 「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」です。 『後漢書』東夷伝によれば、西暦57年、後漢の初代皇帝・光武帝が、 倭の奴国からの使者に授けたものとされています。

発見のいきさつも劇的です。1700年以上のちの江戸時代、天明4年(1784年)に筑前国志賀島(現在の福岡市)で、 農民の甚兵衛が田の溝を修理していたところ、石の間から見つけたと伝わります。 国家間外交の証明品が、田んぼの溝から出てきたわけです。

📌 金印は印面の一辺が約2.3cm、重さ約108.7gと、手のひらに載る小ささで、 つまみは蛇をかたどっています。1978年に福岡市へ寄贈され、 現在は国宝として福岡市博物館に所蔵されています。

ただし、ここでひとつ留保が必要です。この金印は中国の皇帝から倭国への下賜品(もらいもの)であって、当時の日本人が自分たちで印章を作り、 日常的に使っていたことを示す証拠ではありません。 「日本列島が中国王朝と外交関係を持っていた」ことの物証ではあっても、 「日本の印鑑文化の始まり」と直結するわけではないのです。

701年、大宝律令——「輸入品」から「自前の制度」へ

日本が自前の印章制度を持つ起点は、701年の大宝律令とされています。 唐の制度にならい、公文書に用いる印章の仕組みが定められました。 金印から650年ほど下って、印章はようやく「もらうもの」から「自分たちで運用する制度」になったのです。

このとき確立した公印は、4つの階層に分かれていたと解説されています。 天皇の印である内印(印面はおよそ9cm四方)、 最高国家機関・太政官の印である外印(およそ7.5cm四方、現代でいう国璽に相当)、 各省庁が使う諸司印、そして地方の国々が使う諸国印です。

トップから地方まで、印の大きさと格がきれいに序列化されている—— つまり日本の印章は、最初から「組織の権限を示す道具」として出発しました。 個人が自分の意思を示すために押すハンコ、という現代のイメージとは、 出発点がまるで違ったのです。

花押——「サインの時代」は日本にもあった

では個人はどうしていたのか。平安時代の中頃になると、公家や武家は自分の名前を崩して書く 「草名(そうみょう)」で署名するようになり、これが図案化されて花押(かおう)に発展します。 文書の末尾に記す、その人固有のデザイン化されたサインです。 伊達政宗など戦国武将の花押は、いまも古文書でよく知られています。

つまり日本にも、欧米のように「自筆のサインで本人を証明する時代」が 数百年にわたって存在したのです。「日本は昔からハンコ、西洋はサイン」という 単純な二分法は、実は歴史的には正確ではありません。

さらに興味深いのは、その花押がたどった運命です。本来は一回ごとに自筆するサインだった花押は、 時代とともに定型化・記号化が進み、やがて木に彫って押す「花押型」まで 現れたとされます。サインがだんだんハンコに近づいていく—— 「手書きのほうが確実」という現代人の感覚とは逆向きの進化が起きていたわけです。 毎回同じ図形を書くなら、彫って押したほうが速くて安定する。 その実利が、自筆へのこだわりに勝ったのでしょう。

また戦国大名は、花押ではなく印章を押した印判状という文書も 大量に発行しました。領民がこうした印つきの文書に日常的に触れたことが、 のちに庶民へ印章が広がる経路のひとつになったとされています。

江戸時代——庶民に普及、ただし「個人」ではなく「家」の印

庶民が広くハンコを持つようになったのは、江戸初期の寛永年間(1624〜1644年)、 三代将軍・徳川家光のころとされます。この時期には名主・庄屋クラスの農民は みなハンコを持っていたといわれ、百姓・町人が公式の届書に印を押すこと、 そしてその印影をあらかじめ名主に届けておくことが定められていきました。

「使う印影を事前に登録しておき、照合して本人確認する」—— お気づきの通り、これは現代の印鑑登録制度の原型そのものです。 役所が市区町村になり、名主が窓口の職員になっただけで、 仕組みの骨格は江戸時代にすでにできあがっていました。

ただし決定的な違いがひとつあります。江戸時代のハンコは「家」を識別する印であって、 「個人」を識別する印ではなかったことです。庶民の多くは公には苗字を名乗れず、 印影も家紋のような模様が中心で、名前を刻んだ文字印は一般的ではありませんでした。 現代の「個人の実印」までは、まだあと一歩の距離があったのです。

明治6年、実印の誕生——そして4年間で3回変わった制度

その最後の一歩を埋めたのが明治新政府です。明治6年(1873年)の太政官布告 (第239号と伝わります)は、民間の契約において爪印や花押ではなく実印の使用を義務づけ、実印のない証書は裁判上の証拠として認められないと定めました。 「登録された印がなければ法的に守られない」—— 現代まで続く実印制度は、法的にはここに始まります。

タイミングも重要です。明治維新によって庶民にも苗字と朱印の使用が認められ、 自分の名前を刻んだ印章を個人が持てるようになった、まさにその時期でした。 江戸時代の「家の印」は、ここで「個人の実印」へと転換したのです。 ちなみにこの布告にちなみ、10月1日は現在「印章の日」とされています。

面白いのは、この制度が1回の布告で完成しなかったことです。 明治10年(1877年)の布告(第50号と伝わります)は、偽造や盗用への対策として、 実印に加えて自筆の署名まで義務化しました。ハンコとサインの両方を要求する、 歴史上もっとも厳格な時期です。

ところが同じ明治10年のうちに、別の布告(第64号と伝わります)でこの要件は早くも緩和されます。 署名+実印のフル要件は民間同士の契約に限定され、 役所や銀行の手続きは押印だけで足りることになりました。 窓口で全員に署名させるのは、実務が回らなかったのでしょう。厳格化した途端、現場の実態に押し戻される—— このパターン、記事の最後にもう一度登場するので覚えておいてください。

実は「印鑑登録の法律」は存在しない

ここで現代の話をひとつ。実印は市区町村の役所で登録しますが、 この印鑑登録証明の事務を定めた全国統一の法律は、明治から現在まで一度も存在していません。 根拠になっているのは、各市区町村がそれぞれ制定している「印鑑条例」です。

つまり明治6年の布告から100年以上、印鑑登録は法律ではなく全国バラバラの自治体運用として積み上がってきました。 内容がほぼ横並びに揃ったのも意外に最近で、1974年に当時の自治省が モデルとなる「印鑑登録証明事務処理要領」への準拠を促す通知を出してからのことです。

「実印を役所に登録する」という、あれほど重要な本人確認の仕組みが、 単一の法律ではなく100年がかりの慣行でできている—— 日本のハンコ制度の足元は、実はこのくらい柔らかいのです。

韓国・台湾・中国——同じ制度を移植された隣人たちのその後

個人の印鑑登録制度が存在するのは、世界でも日本・韓国・台湾の3か国・地域だけと されています。韓国と台湾にあるのは偶然ではなく、日本統治時代に制度が移植された名残です。 台湾へは1906年、韓国(当時の朝鮮)へは1914年に導入されたとされます。 ところがその後の歩みは、三者三様に分かれました。

国・地域個人の印鑑登録現在
日本明治6年(1873年)に実印制度が確立存続。実印・銀行印・認印の使い分けが続く
台湾1906年、日本統治下で導入とされる存続。夫婦別姓が主流のためフルネームを彫るのが一般的
韓国1914年、日本統治下で導入とされる2009〜2014年に廃止、電子認証へ移行
中国個人向けの登録制度はなし法人の印章文化は濃厚(用途別の社印を公安部門に登録)

韓国が制度を手放した理由として挙げられるのが、文字の性質です。 ハングルは比較的画数が少なく、印影の偽造がしやすいという問題が絶えなかったとされます。 同じ制度を移植されても、彫る文字が違えば偽造への耐性が違い、制度の寿命まで変わってくる—— 印鑑という仕組みが、漢字の複雑な字形にどれだけ依存していたかがよく分かる分岐です。

台湾では逆に制度が根づきましたが、日本と違ってフルネームを彫るのが一般的です。 夫婦別姓が主流のため苗字だけでは家族の区別がつかず、 また姓名を一体のものとして捉える中華圏の慣習も背景にあるとされます。 同じハンコ文化でも、社会制度が変われば彫る内容まで変わるわけです。

そして発祥地の中国。個人の印鑑登録こそありませんが、法人の世界では印章が現役です。 会社ごとに「公章(会社印)」「合同専用章(契約専用印)」「財務専用章」など 用途別の印章を持ち、公安部門に登録します。 ただし契約の基本は本人の自筆署名を伴う「署名捺印」で、 印字された氏名に押印だけで済ませる日本の「記名捺印」の慣行とは性質が異なります。 近年は中国でも電子署名の普及が進み、脱ハンコ化の傾向にあるとされます。

2020年、コロナ禍と「脱ハンコ」——99.247%が廃止された

明治から続いたハンコ社会が大きく揺れたのは、ごく最近のことです。 押印の慣行は2018年の「デジタル・ガバメント実行計画」の時点で すでにデジタル化の障壁として問題視されていましたが、 決定打になったのは新型コロナ禍でした。 テレワークが急務となる中、「ハンコを押すためだけに出社する」という慣行が 社会問題として一気に可視化されたのです。

2020年9月、行政のデジタル化を掲げる菅内閣が発足すると、動きは一気に加速します。 発足からわずか8日後、河野太郎行政改革担当大臣が全省庁に対し、 業務で原則ハンコを使わないよう要請。10月の会見では、約1万5000の行政手続きのうち 「99.247%の手続きで押印を廃止できる」という、 妙に精密な数字が発表されました。11月には、国民から行政への手続きで 「認印はすべて廃止」と表明されます。

400年かけて庶民に浸透した押印の慣行が、数か月の政治決断でほぼ全廃される—— ただし注意深く見ると、廃止されたのは主に、登録もされていない認印による「押すだけの押印」でした。 実印と印鑑証明のセット、つまり明治6年以来の本人確認の中核は、 このときも基本的に残されています。

2021年2月15日——会社の実印届出が「任意」になった日

その中核にも、変更が及びました。変更登記に直結する話です。 会社の印鑑届出を義務づけていた商業登記法20条が削除され、2021年(令和3年)2月15日から、登記申請にあたって会社の実印(代表者印)を 法務局に届け出ることが、法律上初めて「任意」になりました。 あわせて、オンライン申請ではマイナンバーカードに紐づく個人の電子署名も 使えるようになっています。

ただし、ここに大きな「ただし書き」が付きます。任意になったのは オンライン申請を前提とした話で、書面(紙)で登記申請する場合は、 従来どおり印鑑の届出が必要です。さらに銀行や取引先は、 いまも会社実印と印鑑証明書を事実上求め続けています。 制度上は任意化されたのに、実務では実印が使われ続けている——このギャップが現在地です。

思い出してください。明治10年、署名義務を課した政府は、同じ年のうちに 実務に押し戻されて要件を緩めました。令和の脱ハンコでは逆に、制度が緩んだのに実務が変わらない。方向は逆でも、 「制度と実務は別の速度で動き、最後は実務が勝つ」という構図は、 150年前とそっくり同じです。日本のハンコが簡単になくならない理由は、 法律ではなく、この実務の慣性の中にあるのかもしれません。

まとめ——「なぜ日本は今もハンコを押すのか」への答え

金印から脱ハンコまで、およそ2000年をたどってきました。年表に整理します。

出来事
西暦57年後漢の光武帝が倭の奴国に金印を授けたとされる(日本最古の印章、ただし下賜品)
701年大宝律令で印章制度を体系化。内印・外印など4階層の公印
平安〜戦国花押(自筆サイン)の時代。やがて花押自体が定型化・印章化していく
寛永年間(1624〜44年)庶民にハンコが普及。ただし「家」の印であり、印影の事前届出制も始まる
明治6年(1873年)太政官布告で実印を義務化。実印なき証書は裁判上の証拠にならないと規定
明治10年(1877年)自署義務を追加で厳格化するも、同年中に民間契約限定へ緩和
1974年自治省通知でモデル要領が示され、全国の印鑑条例がほぼ横並びに
2009〜2014年韓国が印鑑登録制度を廃止し、電子認証へ移行
2020年コロナ禍で脱ハンコが加速。行政手続きの99%超で押印廃止へ
2021年2月15日商業登記法20条の削除により、会社実印の届出が任意化(紙申請では届出が必要)

こうして並べると、冒頭の問いへの答えが見えてきます。 日本のハンコは、一枚岩の法律で決められた制度ではありません。 江戸の届出慣行、明治の布告、全国の印鑑条例、銀行や取引先の実務——何層にも積み重なった慣行の地層です。 一本の法律なら一本の法律で消せますが、地層はそうはいきません。 99%の押印を廃止した脱ハンコ改革のあとにも実印が残っているのは、 まさにそれが地層のいちばん深い部分だからでしょう。

変更登記の申請書に会社実印を押すとき、そのひと押しの下には、 金印から数えて2000年、大宝律令から1300年、明治の布告から150年の来歴が畳み込まれています。 朱肉を付ける数秒の間に、思い出してみてください。

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よくある質問

Q. 日本で印鑑が使われ始めたのはいつですか?

現存する最古の印章は西暦57年に後漢から授けられたとされる金印「漢委奴国王」ですが、 これは中国からの下賜品であり、日本人が印章を使っていた証拠ではありません。 日本が自前の印章制度を持った起点は、701年の大宝律令とされています。 庶民に広く普及したのは江戸初期の寛永年間、 現在の「個人の実印」制度が確立したのは明治6年(1873年)の太政官布告です。

Q. 印鑑登録制度がある国は日本だけですか?

個人の印鑑登録制度が存在するのは日本・韓国・台湾の3か国・地域だけとされ、 韓国・台湾の制度は日本統治時代に移植されたものです。 ただし韓国は2009〜2014年にかけて制度を廃止し、電子認証へ移行したため、 現在も個人の印鑑登録が日常的に使われているのは実質的に日本と台湾のみです。 欧米はサインが主流で、中国にも個人向けの印鑑登録制度はありません。

Q. 会社の実印(代表者印)は、いまも登記に必要ですか?

2021年2月15日の商業登記法改正(20条の削除)により、印鑑の届出は法律上「任意」になりました。 ただしこれはオンライン申請で電子署名を使う場合の話で、 書面(紙)で登記申請する場合は従来どおり印鑑の届出と押印が必要です。 また銀行取引や契約実務では今も会社実印と印鑑証明書を求められる場面が多く、 実務上は引き続き会社実印を作成・届出するのが一般的です。

Q. 実印・銀行印・認印は何が違うのですか?

登録先の違いです。実印は市区町村(個人)または法務局(法人)に登録した印鑑で、 印鑑証明書とセットで契約や登記など重要な場面に使います。 銀行印は金融機関に届け出た印鑑で、預金の管理などに使います。 認印はどこにも登録していない日常使いの印鑑で、いわゆる三文判もここに含まれます。 2020年以降の脱ハンコで行政手続きから廃止されたのは、主にこの認印による押印です。

出典:奈良県立図書情報館「ハンコの文化史」、福岡市博物館(国宝金印「漢委奴国王」)、 日本経済新聞(印鑑登録制度に関する報道)、法務省「商業登記規則等の一部を改正する省令の施行(令和3年2月15日)」、 内閣府・行政改革担当大臣会見(2020年10月・11月)、各種印章史・法務解説記事。 明治期の太政官布告の番号など一部の記述は二次資料に基づくものであり、「〜と伝わる」等の表現でその旨を示しています。 本記事は2026年8月時点の情報に基づきます。

関連記事:商業登記制度の歴史会社の変更登記、世界はどうしているか収入印紙の歴史

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