役員が交代したら、決議の日から2週間以内に登記を申請する—— 日本の会社法915条が定めるこのルールを、「短すぎる」と感じたことはないでしょうか。 では、海外の会社は役員や住所が変わったとき、いつまでに・誰が・いくらで届け出ているのか。 イギリス・ドイツ・アメリカ・シンガポール・フランスの制度を並べてみると、 意外な共通点と、日本では想像しにくい違いが見えてきます。
「2週間以内」は日本だけの厳しさではなかった
まず結論から。「日本の2週間ルールは世界的に見て特殊に厳しいのでは」という予想は、 調べてみると外れでした。主要国の変更届出の期限は、軒並み14日前後に収斂しています。
| 国 | 役員変更などの届出期限 | 根拠 |
|---|---|---|
| 日本 | 決議日等から2週間(14日)以内 | 会社法915条 |
| イギリス | 変更から14日以内 | Companies Act 2006 |
| シンガポール | 変更から14日以内(外国会社は30日) | ACRAの運用 |
| ドイツ | 「遅滞なく」(実務上は2〜3週間が目安とされる) | GmbH法54条など |
イギリスでは、取締役の就任・辞任・登録情報の変更を、それぞれ変更から14日以内に Companies House(会社登記局)へ届け出ます。シンガポールも原則14日以内です。
ドイツは日数を区切らず「unverzüglich(遅滞なく)」と定める方式ですが、 実務上は2〜3週間程度が目安とされており、放置してよいわけではありません。
つまり「会社の情報が変わったら、2週間前後で登記所に知らせる」という感覚は、 ほぼ世界共通なのです。本当の違いは、期限の長さではない別のところにありました。
本当の違いは「誰が・いくらで」届け出るか
各国の制度を並べたとき、はっきり差が出るのは 「誰が届出できるか」と「いくらかかるか」です。大きく3つの型に分かれます。
類型1:本人申請・低コスト型——日本・イギリス・シンガポール
日本の役員変更登記は、代表者本人が申請でき、費用は登録免許税1万円 (資本金1億円超の会社は3万円)だけで完結します。専門家への依頼は任意です。
イギリスはさらに徹底していて、取締役の就任(AP01)・辞任(TM01)・変更(CH01)の 届出はすべて無料。オンラインで会社自身が提出することが前提の設計です。
シンガポールも、登記当局ACRAのオンラインポータル「BizFile+」から本人届出が基本です。 電子化は日本より進んでおり、即日反映されることもあります。
類型2:公証人必須・高コスト型——ドイツ
対照的なのがドイツです。GmbH(有限会社)の定款変更・持分譲渡・取締役変更などは、必ず公証人(Notar)の認証を経なければ登記できません。
公証人費用と登記手数料を合わせると、1回の手続きで数百〜1,000ユーロ規模 (日本円で十数万円)に達するとされます。
重要なのは、これが「高いけれど自分でやれば安く済む」話ではないことです。 自分で書類を作って提出するという選択肢自体が、制度上存在しません。
類型3:年次報告型——アメリカ
アメリカは発想がそもそも違います。会社登記は州ごとの制度で、すべての州で Registered Agent(登録代理人)の指定が法律上必須です。
役員や住所の変更は、たとえばカリフォルニア州なら「Statement of Information」という 報告書を通じて州に届け出ますが、多くの州では年次報告のタイミングでまとめて反映する運用が中心です。
日本の「変更が起きたら都度2週間以内」というイベント駆動型に対し、 アメリカの多くの州は「年1回まとめて報告する」定期報告型。 どちらが優れているというより、設計思想の違いです。
なおイギリスは、14日以内の随時届出に加えて、Confirmation Statement(確認届出書)という 年1回の内容確認も義務づけた「二重構造」です。
こうして見ると、日本の「変更がなければ何もしなくてよい」というシンプルさは、 国際的にはむしろ珍しい部類なのかもしれません。
なぜ違いが生まれたのか——3つの歴史の分かれ道
期限はほぼ同じなのに、届出の担い手とコストはこれほど違う。 その理由をたどると、それぞれ独立した歴史的な経緯に行き着きます。
ドイツ:公証人ルールは、会社法より380年以上古い
ドイツで会社の変更に公証人が要るのは、会社法が特別に厳しいからではありません。 「重要な法律行為には公証人の認証が要る」という、もっと古く広い慣習の一適用例です。
公証人制度の起源はローマ法にあり、中世の神聖ローマ帝国で12世紀ごろから発展しました。 1512年の帝国公証人法では、公証人が中立の公的職業として国家の監督に服するという 基本原則がすでに定められていたとされます。
ドイツの商法典(HGB)の制定は1897年。公証人の伝統はそれより380年以上前から 続いていた計算になります。会社の登記が公証人を通るのは、いわば当然の帰結でした。
アメリカ:デラウェア州の天下は、ある州知事の改革の副産物
アメリカの会社登記が州ごとに分かれているのは、1787年の憲法制定時に、 法人設立の認可が連邦の権限とされず州の手に残ったことに由来します。
意外なことに、20世紀への転換期に法人設立数トップだったのはデラウェア州ではなくニュージャージー州でした。デラウェア州は1899年、 そのニュージャージー州の会社法を模倣して自州の会社法を作った、いわば後発です。
転機をもたらしたのは、のちに米大統領となるウッドロウ・ウィルソンです。 ニュージャージー州知事だったウィルソンが、独占禁止色の強い会社法改正を 推し進めたことで、同州の会社法は企業にとっての魅力を失ったとされます。
一方のデラウェア州は、模倣した会社法から規制強化を取り込まなかったため、 企業は雪崩を打ってデラウェアへ籍を移しました。現在の同州の地位は、 1世紀以上前のひとりの政治家の改革の、いわば副産物だったことになります。
フォーチュン500企業の約3分の2、190万社以上がデラウェア州で法人登録しているとされます。
現在の支持の理由は、会社訴訟専門のCourt of Chancery(衡平法裁判所)による判例の蓄積と 予見可能性、州法人税がないこと、そしてベンチャーキャピタルが投資条件として デラウェア州法人化を求めることが多いこと、の3点が挙げられます。
イギリス:「年次確認」は伝統ではなく、2016年の発明
イギリスの二重構造のうち、年1回のConfirmation Statementは古い伝統ではありません。 旧Annual Return(年次報告書)を置き換える形で、2016年6月30日に 導入された比較的新しい制度です。
さらに2023年のEconomic Crime and Corporate Transparency Actで 登録メールアドレスの提供義務が加わるなど、直近でも改正が続いています。
ドイツの公証人のように「伝統に見えて実際に数百年続くもの」と、 イギリスの年次確認のように「伝統に見えて実は最近できたもの」が、 各国の制度には入り混じっているわけです。
日本とフランス、ほぼ同時に動いた「代表者住所」の見直し
前回の記事(商業登記制度の歴史)で見たように、登記制度の本質は「誰でも確認できる」という公示にあります。 その公示の範囲を、いま複数の国がほぼ同時に見直し始めています。
日本では2024年の商業登記規則改正により、2024年10月1日から 「代表取締役等住所非表示措置」が始まりました。登記事項証明書に記載される 代表者の住所を市区町村までにとどめ、番地や建物名を非表示にできる制度です。
フランスでも2025年8月、経営者等の住所を商業登記簿(RCS)などの 公開情報から非表示にできる新制度が施行されました。 ほぼ1年差で、同じ方向の制度が別々の国で動き出したことになります。
背景にあるのは、登記情報がオンラインで誰でも取得できるようになったことで、 「取引の安全のための公示」と「個人のプライバシー」のバランスが 問い直されている、という各国共通の事情です。
なお、日本の非表示措置を使っても、住所変更の登記義務そのものはなくなりません。 代表取締役が引っ越せば、証明書に表示されなくても住所変更の登記は必要です。
制度に優劣はない——それぞれの国の「バランスの取り方」
期限はどの国もおおむね2週間前後。違うのは、公証人を挟んで確実性を買うのか(ドイツ)、 無料にして届出のハードルを下げるのか(イギリス)、 年1回にまとめて手間を減らすのか(アメリカの多くの州)、という設計の選択です。
それぞれの国が「誰のための情報公開か」を異なるバランスで設計している、 というのが比較して見えてくる実像で、単純な優劣の話ではありません。
そのうえで日本の制度を見直すと、「本人申請ができて、登録免許税1万円から、 変更がなければ何もしなくてよい」という組み合わせは、 世界的に見てもかなり低コスト・低摩擦な部類に入ります。
ドイツなら公証人に十数万円を払い、アメリカなら登録代理人と年次報告を管理する場面で、 日本では書類さえ正しく作れば1万円で済む——そう考えると、 2週間という期限も少し違って見えてこないでしょうか。
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よくある質問
Q. 日本の「2週間以内」という期限は、海外より厳しいのですか?
いいえ。イギリス・シンガポールも変更から14日以内の届出を義務づけており、 ドイツも「遅滞なく」(実務上2〜3週間が目安とされる)です。 主要国の期限はおおむね2週間前後に収斂しています。
Q. 海外でも会社の変更登記を自分でできますか?
国によります。イギリスは無料でオンライン届出でき、シンガポールもオンラインポータルからの 本人届出が基本です。
一方ドイツでは、GmbHの取締役変更や定款変更に公証人の認証が必須のため、 自分だけで手続きを完結させる選択肢が制度上ありません。
Q. アメリカには日本のような変更登記制度はないのですか?
会社登記は州ごとの制度で、役員や住所の変更は年次報告書(Annual ReportやStatement of Informationなど)を通じて反映する州が多く、日本のような「変更の都度、即座に届け出る」 設計とは思想が異なります。
また、すべての州でRegistered Agent(登録代理人)の指定が必須で、 有料の代理人サービスに外部委託するのが一般的です。
Q. 日本の代表取締役の住所は、誰でも見られるのですか?
原則として登記事項証明書に記載されますが、2024年10月1日から「代表取締役等住所非表示措置」 により、一定の要件のもとで番地・建物名を非表示(市区町村まで表示)にできるようになりました。
ただし非表示措置を受けても、住所が変わったときの変更登記義務はなくなりません。
出典:Companies House(英国)関連の届出実務ガイド(Filing Accounts UK・Commenda)、 ACRA(シンガポール会計企業規制庁)「Updating company information, officers & shareholders」、 Raffles Corporate Services「Section 173 Companies Act」解説、onlinebilanz.de「GmbH Handelsregister Änderung」、 東京都 X-HUB TOKYO「ドイツにおける会社設立の流れ・費用」、ディーグランツ・コンサルティング「ドイツ会社設立と公証人」、 JETRO「カリフォルニア州における会社設立・事業登録、事業維持」、State of Delaware「デラウェア会社法 事実と俗説」、 Kennedys Law「Why Delaware remains the "First State"」、Rapid Formations「An introduction to the annual confirmation statement」、 TMI総合法律事務所「経営者の住所は公開されない?フランス新制度のポイント」、法務省「代表取締役等住所非表示措置について」、 Wikipedia「公証人」。本記事は2026年8月時点の情報に基づきます。
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